自分がなぜモテないのかを論理的に考えてみた。

 

こんにちは。通販部Mです。

僕は現在30代の男性ですが、未婚で彼女ナシ、女友達もほとんどいないので今後もしばらく彼女ができる予定もありません。

おおざっぱに言って全人類60億人の半分が男性、半分が女性だとして、一人につき一人は相方が存在していて全く自然なはずです。全人類で男女比が1対1であるというのはさすがにおおざっぱに過ぎるかもしれませんが、少なく見てもこの日本においてさえ独身で特定の相手のいない女性はまだ多数観測されています。それならば、僕にも彼女ができていいはず。いや、むしろ彼女がいて然るべきであるはずです。統計学・確率論ともにそのような答えを導き出しています。

しかし、事実として僕には彼女がいません。それはもう、きれいさっぱり、その可能性さえも見えてこない状況です。疑うべき根拠のない紛う事なき非モテです。なぜなのでしょうか。

しかし、そこは大人。世の中に存在する事実には必ず原因があってその結果があるという事を僕は既に知っています。ならば、その原因を特定する事さえできれば、その要因となる部分に変更を加え、非モテからモテへ転生(メタモルフォーゼ)できる事は明白です。ああ、僕はなんて賢いのでしょうか。これでもう今年のクリスマスまでにはリア充街道一直線、ひとり身を持て余し盛り場を徘徊する男達を尻目に胸ポケットの避妊具に胸を熱くする事は請け合いです。

では、ここで僕がモテない理由と思われる項目を箇条書きにして羅列し、それぞれに対し分析・考察を加え、対策を立てる事によりモテに生まれ変わる作業にとりかかることにしましょう。

 

■  僕がモテない原因と思われるポイント(周囲の口の悪い男友達調べ) ■

①    顔がイケてない。

②    体型がイケてない。

③    服装がイケてない。

④    トークが面白くない。

⑤    気が利かない

⑥    いい歳だが、美少女の頻出するアニメや漫画に目がない。

⑦    貯金もしてない。

 

さて、ではこれら7点について、それぞれ分析を加えてみようと思う。

 

まず、①の「顔がイケてない」点についてだが。

これは、どう考えても僕がモテない理由にはなっていない。なぜならば、顔の好みというのは一人ひとり異なっているものであり、薔薇が一番美しいと感じる人がいれば、ドクダミの花が一番美しいと感じる人もいるからだ。重ねて、ルノアールやレンブラントの絵が最も美しいという人もいれば、ピカソのような一見して理解し難い絵に至上の美しさを感じる人も沢山いるではないか。であれば、一見乱雑に見える僕の顔でも、前衛芸術を愛する感性を持った人なら美しいと感じられるに違いない。みんな世界にひとつだけの花、一人ひとり違う種を持ちその花を咲かせる事だけに一生懸命になればいいんですよ。

 

以上の点から、①の「顔がイケてない」というのは僕がモテない理由としては数えられない、という結論を導き出せるだろう。

 

続いて②の「体型がイケてない」事についても、①と同様の事が言えるだろう。

確かに僕は標準的な平均体重というものをそれなりに上回ってはいるが、言うまでもなく力士の方々とくらべればまだまだスリムな方である。周知の通り、力士というのは非常にモテる。つまり、多少肉付きが良い=モテないというのは、全くの勘違いである事は明白である。

 

力士の体型 > 僕の体型 > 理想的と思われるモテ体型

 

であるのだから、一番左にある力士が「モテ」である以上、「モテ」と「モテ」の間に位置する僕ももちろん「モテ」となるはずである。であれば、②の「体型がイケてない」も僕がモテない理由とはなり得ないのである。

 

③の「服装がイケてない」についてだが。

服とは自分の身体・精神の一部でもなんでもない物質であり、「自分」という存在とは全く別の無関係な存在である。それがなぜ「僕がモテない理由のひとつ」に数えられるのかがそもそも謎だが、指摘されたからには一応考察を加えるべきではないかと思う。

物事の真理を知るには、その物事の根源を知るのが最も正しい方法である。

では、なぜ人は服を着るのか。

仮に地球上に僕一人しか人間が存在していない場合、服を身に纏う理由とは「防寒」「耐衝撃」の2点に絞られるものであり、デザイン性などは一切必要ないものとなる。しかし、現実には地球上にはたくさんの人間が存在していて、それら不特定多数の「他人」に対して「見せる」という要素が入り込むのは致し方ない事だろう。

では、実際に「僕の服装がイケてない」からモテていないのだろうか?

周囲を見回してみると、「自分はきちんとした社会人です」という男性はスーツにネクタイを締め、「俺の生き様はロックだぜ!」という男性は革ジャンに破れたジーパンを穿き、「あたしにはお姫様願望があり女の子扱いされたいです!」という女子はフリルの多い服装を着て、「私はAKB48の大ファンです!」という男性諸氏はAKB48のTシャツを着ているものである。多少の誤差はあれど、大方はこのようなものだろう。

鑑みるに、服装とは周囲に対し「自分はこのような性格付けの人間である」という表示をするためのアイコンである。では、僕は着ているものによってどのようなメッセージを周囲に対し伝えているだろうか。

僕の来ている服はほぼ100%、家から徒歩5分圏内にある、激安販売で知られる某大手服飾量販店で購入したものである。この服装から周りに伝わるメッセージとは何だろうか。購入しているお店が大手量販店であるという事は、自分以外にも相当数の人間がそこで買った服を着ている事は確実であり、それはつまり「社会的・常識的」な人間であるという事実の表明であり、ひいては「良識的である」という事ができるだろう。更に、そのような良識的な洋服を「安く」手に入れている、という事は、「買い物上手」「予算管理の能力が高い」という事の表明であり、つまりは「知性的」であるとも言える。

「良識的」で「知性的」。そんな僕が「服装がイケてない」からモテないという事は科学的にあり得ない事であり、③の理由についても僕がモテない理由には全くなり得ない事は言うまでもない。

 

次は④の「トークが面白くない」からモテない、という点についてだが。

古来より「沈黙は金、雄弁は銀」と言われているのはご存じだと思う。であれば当然、「沈黙」でもいいくらいなら「多少言ってる事が面白くない」くらいの事は全く些末的な事と言って間違いはない。

現在とても人気のある「俺物語」という少女漫画はご存じだろうか。「なぜここで急に少女漫画が」と思われる方もおられるかもしれないが、少女漫画とは少女の持つ願望を具現化したものであり、女性の潜在的な欲求が直接的に反映されているものである。であれば、少女漫画で描かれているセオリーは、そのまま現実の女性達に当てはめることができるだろう。

この「俺物語」に、主人公の親友の「砂川君」という男の子が出てくる。この「砂川君」はモテる。幼稚園の頃からモテ続け、高校生になった現在でも同級生はおろか年齢の離れた主婦にまでとにかくモテまくる「イケメン代表」のような男の子だ。ところが、この砂川君は女性に対し、とにかく「無愛想」「無口」を貫いているのである。でもモテる。僕はこの漫画を全巻所有しているが、作品内で砂川君が女性に対してそんな面白い事を言っているシーンを一度も見た事がない。それでも砂川君はモテているのである。

「女性の願望を描いた少女漫画」で、「喋りが面白くない男子」がモテの代表として描かれているならば、「トークが面白くない」事が原因で僕がモテないなんて事が果たして起こりうるだろうか? いや、ないと断言できるだろう。そんな事は些細な事で、モテるモテないに影響を及ぼすような事ではないはずなのである。

 

⑤の「気が利かない」からモテないというのは本当だろうか?

これについては極めて信憑性が薄い、と言わざるを得ないだろう。なぜならば、全てではないにしろ、少なからぬ女性が「私は尽くすタイプ」と主張しているからである。女性が男性に対して「尽くす」ためには、男性があまり「気が利く」ようでは困るのである。

「お仕事残業続きで大変でしょ、部屋に行って掃除してあげようか?」

「必要ない」

では尽くしたいと願う女性も立つ瀬がなかろう。果ては

「君の趣味や服装から考えるに、君にはメルヘン的な趣味があると推察され、高確率でディズニーランドに恋人と一緒に行く願望を持っていると思われる。それは君の所有している携帯電話のストラップ、21日前に身に着けていた下着の模様からも裏付けれられていて、ほぼ間違いはない。だから君の仕事の休みである来週の土曜日に使えるディズニーランドの一日フリーパス券を既に取得していて、そこに辿り着くまでの鉄道経路も既に調査済み、プリントアウトして君の家に郵送もしておいた。しかも来週の土曜日は25日で君の給料日で、週末に重なるため前日の金曜日に給料が振り込まれているはずだから予算面に心配もないと思う。予算について、僕が多く負担する事に関してもやぶさかではないが、自立心の強い君の事、一応自分自身の財布も潤っていた方が心に余裕も出ると思う。土曜日に設定したため、次の日の仕事を考慮する必要もなく、心置きなく遊びに没頭する事も可能だから、君は何の心配もいらない。全て僕に任せておいてくれたまえ」

などと言われたら、女性としても返す言葉もないだろう。

 「気が利かない」という事と「モテない」という事の間に直接的な相関関係は存在していないのである。

 

⑥番目の「いい歳だが、美少女の頻出するアニメや漫画に目がない」については、そもそも意味が全くわからない。

 たしかに私は二次元の美少女が好きだ。大好きだ。生き甲斐と言ってもいい。だが、それに対し「美少女なんて見るだけで嘔吐しそうになる」という方はいるのだろうか? いや、いまい。

そのように言うと、「二次元なんて作り物で本当は存在していないだろ」などと安易に凡庸な意見をすぐに口にする者もいるが、落ち着いて考えてみてほしい。

いわゆる「モテ」の方々も映画はよく観ている。ハリウッド製の洋画を好んでいる方も多いだろう。その中で、実際にキャメロン・ディアスやアンジェリーナ・ジョリーと出会う機会のある日本人などほとんど存在していないだろう。「実在していようがいまいが、実際に関わる可能性はない」とのであれば、ハリウッド女優と二次元美少女の価値と意味合いは我々にとって完全に等しい。

 

二次元美少女 = 現実で関わる可能性はゼロ

ハリウッド女優 = 現実で関わる可能性はゼロ

→ 二次元美少女 = ハリウッド女優

 

つまりは、⑥の「いい歳だが、美少女の頻出するアニメや漫画に目がない」をモテない理由として数える事自体がナンセンスなのである。

 

ここまで①~⑥までの理由を考察してきたのだが、自分がこうもモテない正当な理由が依然として見えない。と、なれば残された可能性は⑦の「貯金もしてない」の一点に絞られた。さて、この点が核心となるのだろうか?

 ここで注目すべき所は、「貯金してない」だけであり、「収入がない」ワケではないという所だ。私はこの文章を会社のブログにアップしているのであり、つまりは仕事をしているのである。仕事をしている以上、毎月生活してゆけるだけの収入を頂戴している。ただ、もらった分にほぼ等しい額を支出しているにすぎない。可愛い恋人の一人もでき、毎月それなりの額を使っているCD・DVD・ゲーム・ガジェット・お酒等の購入量を調整すれば、容易にクリアーできる事なのである。ただ、今は特定の相手が存在していないために、その必要性を感じていないだけなのだ。無駄遣いをしているのがダメ、と思われるだろうか。それも違う。自分に投資しているのだ。ただ回収の見込みがないだけの事である。

 そして、僕が一見浪費と思われている支出をする事により、世の中にお金が回るようになり、日本の景気が良くなり、人々の生活が向上し、そうやって回ったお金がめぐりめぐってカンボジアに学校が建つのである。要は、僕が「中二病でも恋がしたい」のブルーレイを買う事は、社会に対する奉仕であり、福祉であり、慈善行為である事は言うまでもない事なのだ。最近の欧米諸国では、いくら事業家として、スポーツ選手として大きな成功を収めたとしても、慈善活動に疎い人物は社会的に認められないのである。メジャーリーガーのロベルト・クレメンテしかり、松井秀喜しかり、「一流の人物」として認められる人は、社会に貢献をしているものなのである。ノーブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)というヤツだ。つまり、社会にお金を放流し、結果的にカンボジアに学校を建てている(可能性も0ではないかもしれない)僕も、クレメンテや松井に肩を並べる「一流の人物」と言えるのであり、「だからモテない」などというのはほとんど社会に対する冒涜とも言える主張であろう。

 

さて、ここまでで「僕がモテない理由と思われる7つの項目」について考えてきたが、どれだけ考えても何故こうもモテないのか、まるで理解する事ができなかった。論理的に考えて、モテないわけがないはずなのだが。それは前述の文章をお読み頂ければ、誰にでもご理解頂ける事であるだろう。世の中は実に不条理である。

 

なぜモテないのかの考察に行き詰まり、一人頭を悩ませていた所、たまたま経理の女性が通りがかったので、思い切って尋ねてみる事にした。

 

「どうして僕はモテないんですかね?」

 

経理の女性は表情ひとつ変えずに言った。

 

「モテる要素がないからじゃないですか?」

 

 

全ての謎が氷解した。